第2回 これはぼくのえいがです!
 

 1993年12月4日、天願大介監督のドキュメンタリー映画「無敵のハンディキャップ」が、中野武蔵野ホールで公開された。映画館の中には、公開初日から慎太郎の姿があった。

 映画を見終わって席を立とうとした観客は、すぐにいつまでも座席に腰掛けている色黒の男の姿に気付いたはすだ。

 慎太郎は「ぶふっ、ぶふっ」と含み笑いをしながら、すでに何も映っていないスクリーンを腕組みをしながら見つめている。その顔には「さぁ、はやく、ぼくにきづくのですね」と大きく書かれている。

「あぁ、サンボだ!」

「うそっ、慎太郎さんだ」

 瞬く間に人垣ができる。慎太郎は得意げな顔をしながら、観客にサインをし始めた。

「きょうは、ぼくのえいがに、どうも、ありがとう」

 観客にそう言うと慎太郎は、また座席へと腰を下ろした。次の上映回も見るつもりなのである。

 映画が公開されてからというもの、慎太郎は仕事をさぼって毎日のように中野武蔵野ホールに通っていた。映画を製作した「ヘッドオフィス」は、慎太郎が連日にわたって映画館に現れる話を聞き、「慎太郎が来たらただで入場させてください」と中野武蔵野ホールに伝えた。それは撮影に協力してくれた慎太郎に対する、製作スタッフたちからの感謝の気持ちであった。

 ところがフリーパスを手に入れた慎太郎は、何を勘違いしたのか無軌道な行動を取り始める。頼まれてもいないのに「さいんを、あげましょうか」と、スター気取りで観客に声をかけだした。さらに自分の好みの女性を見つけると、恥ずかしげもなくナンパをする始末。そして、公開も最終日に差し掛かった、ある日のことだった。

──おっ、ういんくの、かたほうに、にているこが、いるのですね。

 映画が終わると同時に、慎太郎はその女性に声をかけた。

「どうでしたか、このえいがは」

「あっ、は、はい」

 女性は戸惑った表情をしたが、慎太郎は話を続ける。

「かんどうしましたか?」

「えぇ……」

 女性は笑顔を浮かべながら言った。

「このえいがは、ぼくの、えいが、なのですね」

「はははは、そうですね」

「あの、これから、おちゃでも、どうですか?」

「ごめんなさい、ちょっと用事があるので」

 女性は軽く頭を下げると、その場を後にした。慎太郎は不満げに、女性の背中を見送ると、また次の獲物を狙うことにした。今の女性が天願監督の奥さんだとも知らずに……。

 慎太郎が映画館でナンパをしまくっているという情報は、数日後には私の耳に入ることになった。その話を聞いた私が慎太郎に鉄拳制裁を加えたのは言うまでもない。

(このエピソードは最後の最後でページ数の関係でカットしたんですが、その結果、本の中では映画が公開されたかどうかわからなくなってしまった。すんませんでした、天願監督)

 
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